2010年03月12日

電子化書籍の是非

 今日は、電子書籍のお話。

 これまたTwitterで盛り上がったのですが、どうもTwitterの性質上、話しているうちにだんだんばらけてきちゃうんだよね。
 私「私は●●は○○だと思います、なぜなら△△だから。ということを踏まえて……」
 今来たAさん「え~、●●は××ですよ」
 私「い、いえ、ですから、△△という前提を踏まえて、だとね。で、次の……」
 今来たBさん「●●は××じゃないの?」
 私「だから、△△がね」
 と、行きつ戻りつ。
 途中から話題に参加してくる方もいて、そうすると最初の出発点が曖昧なまま加わるので、何が何やらになって、それを拾っているうちに、また新しい方が参加して……という終わりのない堂々巡り。
 でも、あちこちから寄せられるご意見や、チャットみたいな即時性のあるやりとりは、とても面白かったです。
 なので、もう一回、ブログでさらっておこうかな、と。

 前回今回と、文字ばっかりの比較的堅い話題になっちゃってごめんね。

 電子書籍、私は肯定派です。
 解決すべき問題がいっぱいあることもわかっている。

 一番の魅力は、これだけ本の寿命が短い時代に、在庫を抱える心配なくアーカイブ化さえすれば半永久的に置いておける、ということ。
 今、本屋さんに置いてある本の寿命ってどれくらい?
 数ヶ月、下手したら数週間。
 新しい本がどんどん出て、置ける場所が有限である以上、仕方ないことではあるけれど、本は消費されるものになりつつある。
 本来、知識というものは蓄えていくものだと思うんだけど。

 例えばこんな方法はどうだろう。
 新刊は、紙で出す。
 ある程度の時間が立ったら、電子化する。
 ハードカバー→文庫、みたいな流れだと考えるとわかりやすいかも。どうしても表紙がしっかり大きい方がいい、という方はハードカバーを買って、手軽に持ち歩きたい、安価なのが良い、という方は文庫。今までこの棲み分けに文句が出ていないはずなので、新刊→電子化、という道もきっと大丈夫だと思うんだけど……。
 要するに、絶版がなくなる。
 欲しいと思った本が、より容易に手に入りやすくなる。
 

 で、幾つか寄せられた反論に、自分なりの意見を。
 Twitterからコピペしております。お名前は記していませんが、自分の意見を転載しないで欲しい、という方がいらっしゃいましたら、ご一報下さいね。

 まず、
 「やっぱり紙が好きだから、電子化されてもなぁ」
 一番大きな声でした。
 「でも、読書好きな人から見るとやっぱり味気ないと感じるのではないでしょうか。それに内容が分かればいいってだけなら問題ないですけど、物欲ってやっぱり形として手元においてこそ満たされるものですし。ダウンロード販売の方が安くても、パッケージ版の方が欲しくなるのです」
 「好きな本をたくさん積んで、「早く私を読んで!!」とせがまれる光景は結構好きです。仕事の書類もそうですが、電子化すると切迫感がないので手の付けやすいのからしか読まないのは私だけでしょうか。。。?」

 紙最高です。インクの匂い最高です。私も本好きのハシクレなので、良くわかっております。
 新刊が紙で出るので、当然古書も出ます。選択肢としては、紙の新刊を買う、紙の古書を買う、電子書籍を買う、三択。紙が良ければ、紙を買うことができる。
 選択肢を奪うわけではなくて、増やすだけ。
 欲しい本が買いやすくなります。

 「1にも2にも電池が要らない。読書は紙は一番ですよ」
 だとすると、メールじゃなくて手紙が一番、にもなってしまう。
 エネループとかあるので、ランニングコストもどんどん低くなっていくんじゃないかなぁ。

 「電子化は出版社以外、メリットしかないと思うのですが、、、」
 むしろ出版社にとってもメリットがあると思うのです。
 新刊を出すのは今まで通り。さらに、今まで噛めなかった、古書販売にも加われる、と考えれば。

 「古典がない本屋って味気ないくないですか?ビートルズが無いCD屋みたいな」
 でも、今既に、古典の置いてある本屋さんは、よっぽどスペースに余裕のある大型本屋さんしかない現状。
 
 「本は本の利点、電子書籍は電子書籍の利点があると思いますが、同時に今までと同じ方法で本を売るなら紙としての本は本屋の減少が加速して衰退すると思いますよ」
 「権利を持ってる出版社はいいが、印刷屋、紙屋、物流屋、町の本屋もろもろ仕事減るなと最初に思う印刷屋の息子であった」
 「それだとブックオフと電子書籍が食い合うおそれが」

 今でも、古書店はあります。
 でも、共存できています。
 むしろライバルが増える古書店の方が大変かと思ったけど、紙の手触り愛好家がこれだけいるのなら、案外大丈夫じゃないかと思いました。

 「割と理想的な感じがしますが、そこまでいくと作家(クリエーター)が新書から電子化したい、中抜きを無くして出したいという意見が必ず出るでしょう。ですから出版側は飲めない気がします」
 「うーん、春菜さんの言いたい事は分かるんですが、それだと「新書も電子化書籍で欲しい!」派というのが確実に出てくる気が。その人たちに「○週間待ってください、それが嫌なら紙媒体をどうぞ ♪」というのは何か違う気がするのです、僕は」

 今でも最初から文庫で出す方もいらっしゃるでしょうし、これまで通り出版社が個々で対応できるかと。
 もしくは、「うちは最初から電子化しちゃいますよ~」という専門の出版社が出てきて、人気になるかも。

 「ネットワークにかかわらない人は安易にそんな発想が出ますが、サーバー代も転送量もタダじゃありません、本屋にない本は売れない本が基本なのでそのような本にコストを裂くのを嫌がる人もいるんです」
 「10年100年経って「残った」というのは、流通によって淘汰された結果なんです。今、「古典」を素晴らしいと思えるのは、そうした作品が残るだけの価値を持ってたから。電子化によって、玉石混淆のまま残されれば、あっという間に飽和します。それが、今ゲーム業界で起きてること」

 その売れない理由、残らない理由には、様々あると思います。
 高いから売れない→じゃあ、安くすれば? 
 置く場所がなくて→電子化なら場所は取らない
 など、いくつかの条件をクリアするだけで、もっと手に取りやすくなる。救われる本が多くなる。
 十把一絡げに「売れない本=いらない本」と切り捨てるのでは、道がない。
 門外漢は黙ってろ、と言われてしまえば、口をつぐむしかないのですが……

 「電子書籍は読んでいて目が痛くなるのと、ページをめくるあの感じと、たくさん読んだときの本の厚みを感じる達成感が薄いことから、本当に読書が好きな人からは受け入れがたいのかもしれません」
 でも、もっと一歩突っこんで、本当に本当に本が好きなら、全く失われるよりは、形を変えてでも生き残って欲しい、と思うんじゃないかと。
 本の形を愛している人はまた別ですが、多くは、本の内容を愛していると思うので。

 「ごめんなさい、ゲームや音楽の「電子化」は飽和と埋没による質と価値の低下しか生み出さないのが現状です。書籍が同様にこのまま電子化しても、恐らく死は免れません」
 ゲームと本を同義のものとして扱うのが、ちょっとミスリードな気がします。
 日進月歩の技術を売りにするゲームと、変わらない人間の本質を扱おうとする本と。
 20年前のゲーム、アイデアやゲーム性は素晴らしくても、技術や容量や、いろんな面での古さは否めない(だからこそ、大本を活かしつつ技術を刷新するリメイクという手段が流行っている)。
 でも100年前の本では、内容は問題にはならないと思います。むしろネックの劣化という点も、電子化によって解決されるわけだし。

 「古本屋さんは返品できない代わりに在庫というリスクを負っているのですよ?ネットワーク代も十分リスクですが、同じく返品がないが個体差が無い状態のDL販売ができたらどう思いますか?古本屋さんは価格で勝負するしかなくなると思うのですが」
 ブックオフの105円コーナーや、Amazonの1円本を見ていると、既にその競走は始まっていると思います。
 電子書籍が端を切るわけではないかも。

 「選択肢が増えることが別に良いこととは限らない。人の通らない道はいずれなくなる。そして誰だってそんな道端にお店を出そうとは思いませんよ。経済とはそういうものだと自分は理解してますが」
 そこまで理解されているなら、本というもの自体が、人の通らない道になりつつある現状も……
 絶対数、通る人はいます。でも、確実に人は減ってきている。


 わ……もの凄く長くなっちゃった……。
 最後に、昨日私が思わず吐いた一言を。
 「でもね醒めた目で「仕方ないよ、出版ってそういうシステムだもん。変えられるわけがないよ」と諦めるには、まだまだ早いと思うのですよ~。なんとか、この現状を打破して、みんなが笑える道を探さなくちゃ。諦めるには、私は余りにも本が好きすぎるのです」



 たぶん、また次回からはいつも通りの、箸にも棒にも引っかからないテロテロした日常ブログに戻る、と思われます。
 なんか、色んな意味で、すみません。

 あ、あとiPadを最初に見た時に「わ~ジョブスが小さくなった!!」と思いました。比較対象として。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。